ソニーの新規事業創出プログラムに学ぶイノベーション創出の考え方(2)

ソニーの「Seed Acceleration Program(SAP)」から学ぶ整備すべき構成要素
前回の記事でも触れたようにソニーのSAPの新規事業創出の仕組みには大きく4つの整備すべき構成要素が存在している。
核となるのは新規事業創出部担当部長の小田島氏の現場からトップマネジメント、社内外の知見者を巻き込んだ精力的な活動による部分も大きいであろう。
そこに4つの構成要素が加わることで新規事業創出の強力な仕組みとして機能している。
社長直轄組織としてのプログラム運用
事業化までの明確なハードル設定がされたプログラム設計
社内外のエキスパートを活用した事業アイデア具体化の柔軟なサポート
事業化検証/事業化推進の仕組み化
ソニーのSAPのような新規事業創出の仕組みを自社に組み込むことを目指す企業もこれらの4つの構成要素を全てそのまま整備することは社内外の環境の違いもあり難しいと思われる。
しかし、自社のイノベーション/新規事業創出プログラムで目指す目標と社内リソース/組織風土などを踏まえて、自社に最適なプログラムにカスタマイズして設計することで、自社の流儀でのイノベーション/新規事業創出実現を目指すことは可能であろう。
上記、4つの構成要素の中でも、これから新規事業創出の仕組みに取り組もうと考える企業でも参考にし得る1〜3について考えてみたい。
1.社長直轄組織としてのプログラム運用
ソニーでは平井社長直属の組織として新規事業創出部を設置してSAPのプログラム運営を全社の取り組みとして推進している。
イノベーション/新規事業創出の仕組みは組織横断での取り組みとなるため、新規事業創出担当の取り組みに対する協力を全社レベルで推進できるように体制を整備していくことが必要となる。
その実現にはトップマネジメントがあらゆる場面でコミットと協力を惜しまない姿勢を社内で発信することで新規事業創出担当が活動をする際に、必要なタイミングで必要な支援を関連部門から受けられるようにしていくことが不可欠である。
1−1.
トップマネジメント発信による各部門への協力要請と社内周知
トップマネジメントから各部門に向けて新規事業創出の取り組みについて様々な場で的確に発信してもらうことはできているだろうか?
イノベーション/新規事業創出を重要な経営課題と位置付けて取り組みを進めようとしている企業も多く、トップマネジメントもその重要性を認める企業も多いであろう。
しかし、事業部門を動かすためにはトップマネジメントからどのように情報発信してもらうのが自社の組織に有効か的確に見極めた上でコミュニケーションマネジメントを行うことが必要となる。
トップマネジメントからの的確な情報発信を行ってもらえるようプログラム全体プランを練り上げた上でトップマネジメントの情報発信の仕方を振りつけていくということを心がけたい。
1−2.
マイルストーンとなる発表の場へのトップマネジメントの参加
プレゼンなど新規事業創出の取り組みのマイルストーンとなる場に参加するのは誰なのかということは社内外の関連する担当者は必ず見ており、そこで会社としての本気度が図られる。
形骸化させることなく社内での注目を獲得し、新規事業創出プログラムの取り組みを通じた事業立ち上げに対して社内外の関係者から全面的な協力を得られるようにする仕掛けが必要である。
特に事業化判断を行うプレゼン/提案の場へのトップマネジメントの参加を確実なものとすることで、事業化判断がされた事業アイデアに対してはマネジメントのコミットというお墨付きが着けられるようにしていきたい。
1−3.
事業アイデア提案担当者に対するトップマネジメントのサポート
事業化判断がされて立ち上げフェーズに入った事業アイデアについて、必要なリソースが供給される体制が整えられているだろうか? 事業化判断のプレゼン/ピッチなど実施後にマネジメントのサポートがなくなるとともに事業門からの協力も得られなくなって事業化の取り組みが尻すぼみになるというケースが様々な企業の新規事業推進の現場でよく見られる。
事業化推進テーマについて定期的なトップマネジメントへの報告機会を設定し、必要リソースの提供/社内関連部門の継続的な協力をマネジメントから指示して検討が尻すぼみにならないようにしていきたい。
イノベーション/新規事業創出が新たな収益/価値創出手段としてこれだけ注目を浴びる中、取り組み自体にネガティブなマネジメントは少ないであろう。 しかし、マネジメント側でも取り組みを推進する上でどのように動けばよいのか分からないというケースも多く、自社の組織風土/カルチャーを踏まえた上でどのような振り付けで動くべきか明確にすることが求められている。
2.事業化までの明確なハードル設定がされたプログラム設計
ソニーのSAPでの事業化判断の基本コンセプトはシンプルでこの事業は収益化するのかということに徹底してフォーカスして透明性と公平性を高めている。
公平/透明なプログラムとするためには、アイデア収集〜事業化検証〜事業化判断〜事業立ち上げ推進という一連のステップで次ステップに進むために必要なものは何かという基準を明確に示すことが重要である。
アイデア提案者、周囲の支援者から検討推進の納得感を醸成するとともに、検討継続判断が曖昧で収益化の見込みもないのに検討継続してゾンビ化してしまう事業アイデアを作らないために厳しくハードル設定することが求められる。
2−1.
定期的なサイクルで開催する事業モデル提案オーディション
ソニーのSAPでは3ヶ月に1回の頻度で社内外の専門家からなる審査員によるビジネスモデルオーディションが開催されており、事業アイデアを持つ社員が事業化を試せる機会が定期的に提供されている。
3ヶ月に1回というペースでビジネスコンテストを実施するのは他の企業にとって難しいかもしれない。 しかし、頻度は少なくするとしても定期的にアイデアを持ち込める場を用意することは、アイデアを持つ社員に対して、事業化に挑戦できる機会があることを知ってもらうことができ、社内からのアイデア創出の活性化につながる。
2−2.
収益化にこだわる事業化/事業継続判断
ソニーのSAPでは事業化判断の基準として、3ヶ月間と期限を区切っての事業化検証を行って収益性を見極めて事業化判断を行っている。よくある「ソニーらしさ」のような人によって解釈が異なるような判断基準は一切含めていない。(参照)
こうしたビジネスコンテストで採択されたアイデアや、新規事業検討プロジェクトとして進められているアイデアをどこで見極めるのかを判断することは難しい。
はじめてしまうと担当者の熱意などもあり、なかなかGo/Killの判断をつけることができず、収益性が見込めないアイデアも見切るめどもつかないままゾンビ化して継続してしまうということは多く存在する。
一度、収益性が見込めないのに検討を継続するゾンビ化した事業化検討アイデアを出してしまうと、他の検討を行っている事業化検討アイデアについて、見切りをつけての検討ストップをかけることが困難になってしまう。
事前に継続判断のマイルストーンとその検証期間、次に進めるかの判断基準を明確化し、それに基づいて愚直にGo/Killの判断を行うことが、プログラムの透明性と公平性を保ち、次の事業アイデアを阻害しないためにも必須である。
2−3.
事業化推進テーマの組織化に対する約束
ソニーのSAPでは事業化判断でGoの判断が出た事業化アイデアについてはチーム(事業室)を立ち上げ、チームリーダーは年次に関わらず担当課長などの役職と権限、必要なリソースが提供されて事業化推進に邁進していく。
社内でのビジネスコンテンストを大々的に行い、上位の成績を収めたのにも関わらず、事業化に必要なリソース提供もチーム作りもなされず、アイデアの出し倒れで終わってしまっているというケースもよくある。
ビジネスコンテスト上位チームにどのようなリソース提供がされるか明確にせずに内容に応じて都度判断としている場合によくあるケースである。
このような状態が続いてしまうと現場にシラけムードが広がり、コンテストを実施するたびにアイデアが出なくなっていってしまう。
このような事態を避けるためには、コンテンストでの上位獲得/事業化判断実施時にチームに対して、リソース、サポート、担当者の処遇をどうしていくのか事前に明確に決めて透明性を確保することが、アイデア持つ人材のモチベーションを保ち、継続的にアイデアが出る仕組みとするために必須であろう。
3.社内外のエキスパートを活用した事業アイデア具体化の柔軟なサポート
どんなに良い事業アイデアであっても発案者及びそのチームメンバーだけでは事業立ち上げまでこぎつけることは難しい。
社内の技術、人材、ビジネス知見、法務・知財、ファイナンスなど社内外のリソースを適切なタイミングでフル活用できる体制を作ることがスピードを持った事業立ち上げを進める上で必要になる。
3−1.
新規事業創出に必要なリソースの最小限/最適な形での整備
ソニーのSAPでは事業化推進を進める事業アイデアに対しては、各専門領域のエンジニアや知見者など必要に応じて適宜チームをサポートするような機運が作られている。これは制度というよりもソニーの新しいものに積極的に取り組む/支援を惜しまないといった社風による部分も大きい。
その他、品質管理については新規事業創出部内に担当を専任で設置してサポート体制を作り、法務など都度対応で十分な機能については、法務部から適宜チーム外メンバーとしてサポートを行うなど、必要な機能に合わせて最小限で最適な形での支援ができる体制を構築している。
チーム外の事業部門から適宜の支援という運用は、現実的には既存業務で忙殺されている事業部門のメンバーにとっては現実的に難しいだろう。
事業化推進を行う事業アイデアについて必要なリソースの位置付けを分類して、自社にとって最適な形でのリソース確保の方法を考えることが必要になる。
A.
個別の事業/サービス開発・提供に必須のリソース
エンジニア、営業、カスタマーサポートなど事業化、サービス提供に必要なチームで備えておくことが求められるリソース。
基本的にはチームメンバーとして組み込んでおくことが望ましいが、開発の一部フェーズや特定期間のみ必要といった人員については事業部側に期間限定で要員を提供してもらえるよう交渉するか、外部エキスパートを活用するということも検討することが必要である。
B.
全事業/サービス共通で必要なリソース
上記、SAPに例のように品質管理など個別の事業化アイデアだけではなく、他のアイデアも共通でサポートが必要となるリソースについては、新事業開発部門側でメンバーとして参画してもらうという方法もある。
C.
事業/サービス問わず都度必要となるリソース
法務・知財などは頻繁に必要になる類のリソースではないため、法務部など該当部門から都度、協力を得られるよう関係構築を行うということになるだろう。
まとめ
社内のリソースの状況やマネジメント/関連部門の理解、現場の組織風土などにより、全てを対応することは困難で現実的に対応できる範囲は企業ごとに大きく異なるだろう。
ソニーの新規事業創造部でも、最初の立ち上げは大きなチームを作らずに担当者1人で活動を開始し、マネジメントのバックアップを得ながら徐々に取り組みを拡大して全社に展開するまでになっている。
自社で始める際にも、まずは全体像としてどのようなプログラムを設計するのかを検討し、その上でどこから手をつけて取り組みを広げていくのか検討していくことが第一歩になるだろう。
そのためには小さく初めて大きく広げていくということを目指して着手可能な取り組みの検討と活動をまずは開始してみてはどうだろうか。
必要であればプログラム設計と立ち上げを外部のパートナーのサポートも組み込むことで加速することも有力な選択肢になる。
執筆者
株式会社ベルテクス・パートナーズ
執行役員パートナー 東條 貴志
スタートアップでの新規事業立ち上げや事業責任者などの経験と、アーサーアンダーセン、ローランド・ベルガーなど複数ファームでの10数年のキャリアに基づく先端領域における大手企業の新規事業・イノベーション創出支援やAI/機械学習を活用した事業創出/業務改革に多数の経験を有す