AI活用で化粧品の試用機会を広げる海外化粧品メーカー事例

AI活用で化粧品を試す場を売場以外に創る海外化粧品メーカー
化粧品業界では、美容部員による店頭での対面カウンセリングが顧客とのコンタクトポイントとして販売の重要な役割を担っているが、対面カウンセリングに代わるAIの活用による新たな販売の取り組みが海外では進み始めている。
今回は積極的にAI活用に取り組む2社の取り組み事例を紹介していきたい。
1.セフォラの展開する化粧品試用シミュレーター
セフォラはLVMHグループ傘下で化粧品や香水を扱うセレクトショップである。セフォラは化粧品のセレクトショップとしては、積極的にIT活用を試みており、FacebookのMessengerを活用したボットで、店頭でのメイクアップ体験の予約受付や、メッセンジャーアプリKikでは、オススメ商品の紹介や美容に関するチュートリアルを配信するなどの取り組みを行っている。
そして新たにセフォラはWebとアプリで使用できるAIとAR(拡張現実)を融合させた化粧品シミュレーター「Sephora Virtual Artist」をリリースして、オンラインで化粧品の試用体験を可能にしている。
Sephora Virtual ArtistのWebサイト、もしくはスマホアプリでカメラを起動させ、画面上に自分の顔を映して、気になる化粧品をクリックすると、その化粧品を施した自分の顔が表示される。
これまで化粧品を試す場合は、美容部員などがいる店頭に訪れるか、試供品を手に入れて試す必要があった。また、当然ながら無制限に試すこともできないために、様々なブランドを扱うセフォラにとっては、新しいブランドを試してもらう機会を作ることができないことが機会損失になっていた。
Sephora Virtual Artistは場所を選ばず、手軽に無制限に化粧品を試すことができるので、新たなブランドを試して購入してもらう機会の創造に貢献している。
Sephora Virtual Artistでは、口紅、アイシャドウ、アイライナー、チークなどを試すことができ、例えばチークでは1,000種類以上も試すことが可能で、細かな化粧のりの違いなどを納得いくまで確認することが可能になっている。
ユーザーは試してみて気に入った商品があれば、そのまま購入することも可能であり、ユーザーの情報を基にした商品もレコメンドされる。
2.セフォラが導入したAIテクノロジー
Sephora Virtual Artistは、カナダのトロントに本部を置くAI企業Modifaceが開発している。Modifaceは、化粧品メーカーのためのAIとARを活用した技術を提供しており、仏ロレアルに今年3月に買収されている。代表製品はBEATY AR SDKとFace AI SDKである。
BEATY AR SDKは70もの化粧品会社に採用されているAR技術で、肌の診断と化粧のシミュレーション、髪型と髪色のシミュレーションを可能とするソリューションとなっている。
Face AI SDKはビデオや写真から、リアルタイムで顔の特徴の分析をする技術で、目の形や鼻の位置、肌質、シミなど68ものの特徴を正確に解析する。スタンフォード大学の10年にも及ぶ研究をベースとして開発されており、業界で最も正確なリアルタイム表情分析技術だと称されている。
Sephora Virtual ArtistでもFace AI SDKが使用されている。Face AI SDKには人間の顔に関する膨大なデータが含まれており、あらかじめ学習されたデータを基にディープラーニングさせることで、正確に人間の顔を認識するようになる。
AIは独自のアルゴリズムを用いて、リアルタイムでユーザーの唇や目の形、輪郭、各パーツの位置、肌の質感、さらにはシワやシミまで正確に感知し、そのデータと学習済みの人の顔を比較・解析し、BEATY AR SDKで化粧後の顔をWeb/アプリに写し出している。
これらの技術を活用することでユーザーはリアルタイムで自分の選んだ化粧品を試用した自分の顔をWeb/アプリで確認することができ、店頭で化粧品を試すのでは実現できない数の化粧品を、自分の好きな場所、好きなタイミングで試すことができるようになっている。
3.米国化粧品メーカーOlayのスキンアドバイザー
Olayは米国の化粧品メーカーで、1949年にユニリーバの元科学者が自身の妻のためにスキンケア製品を作るべく創業し、1985年にはP&Gに買収されている。現在では、米国中でも古い歴史を持つスキンケアブランドとなっている。
Olayは洗顔剤や乳液、クリームなどのスキンケア製品を取り扱っており、幅広い年齢層の女性から支持を受けて、80か国以上の国で展開している。
OlayもまたAIの積極的な活用を進めようとしており、最近では、Olay Skin AdvisorというWebカメラでAIがユーザーの肌を解析し、正確に肌年齢を表示する肌分析と、ユーザーの肌に合ったスキンケア製品のレコメンドも行う無料のWebサービスの提供を開始した。
OlayがOlay Skin Advisorを開発した理由は、多くの女性が自身に合ったスキンケア製品を選べていないのではないかという問題意識からだった。
P&GのFrauke Neuser博士によると、約3分の1の女性が自身に合った正しいスキンケア製品を選べていないとしている。Olay Skin Advisorは肌年齢測定ではなく、肌の解析結果に合ったスキンケア製品をユーザーに提示し、本当に自身の肌質にあったスキンケア製品を選んでもらうことを目的にしている。
スキンケアに関するアドバイスは、大手百貨店など美容部員によるカウンセリングが受けられる店舗に行けば受けられる。しかし、予約をしたり、店まで行ったりといった手間をかけらない顧客も多い。また、店舗に出向いたとしても、美容部員のカウンセリングスキルに寄り、本当に顧客の肌に合うか明確ではない製品を薦められてしまうこともある。
Olay Skin Advisorは、自宅で自分の肌に合ったスキンケア製品を知り、そのまま購入することもできる。AIベースなので、美容部員の個々人のカウンセリングスキルに依存することなく、ベストな商品を提案することが可能である。
サービス提供開始以来、毎日5,000~7,000名のユーザーが使用している(参照)。
Olay Skin Advisor導入で販売がされているのかは公表されていないが、毎日7,000名のユーザーを集めている事実を踏まえると、売上にも大きく貢献していると考えられる。
4.化粧品メーカーのOlayだからできたAI開発
約20年前にOlayはVisia Imaning Systemという肌分析ツールを開発している。Visiaは例えば、照明や明かりに応じた状態での肌の見え方やシワ、シミ、肌質など解析しており、VisiaをベースにOlay Skin Advisorは開発されている。
Olay Skin Advisor開発にあたり、生物情報科学の専門家で構成するチームと、画像解析の専門家で構成されている2つのチームで協力してOlay Skin Advisorを完成させている。
Olay Skin AdvisorのAIには、5万人以上の肌データが蓄積されており、Webカメラを通じて、肌データを解析して、ユーザーの肌データと蓄積された5万人の肌データを比較して正確にユーザーの肌年齢を測定できるアルゴリズムを備えている。
同時にAIはOlay製品とユーザーの肌データを照合し、最適なスキンケア製品のレコメンドを行っている。この5万人以上の肌データがOlayの最大の強みとなっている。
5.AI活用による販売機会拡大の可能性
これまで、化粧品業界における顧客の肌の状況やニーズなどを聞きながらのきめ細かい接客は美容部員との対面で試用しながらの販売に頼る部分が大きかった。しかし、今回紹介した2社の事例のようにAIを活用することで、単純なECとも違う、Webやアプリによる店頭での試用体験を場所に縛られずに行えるようにすることで、販売機会の拡大につなげる動きが広がりつつある。
化粧品業界に限らず、こうした接客の場の拡大をAIの活用により実現していく動きは、今後ますます広がっていくのではないだろうか。
執筆者
株式会社ベルテクス・パートナーズ
AI/INNOVATION SOLUTIONチーム
大手通信会社、総合商社、大手メディア企業、クラウドベンダーなど多様な業種でのAIプロジェクトの推進支援や新規事業創出推進支援を実施。各メンバーの支援実績や知見の活用と外部パートナーとも連携しながら業種を問わず大手企業におけるAIプロジェクトを推進や、新規事業/イノベーション創出に関連するソリューションを提供。
監修者
株式会社ベルテクス・パートナーズ
執行役員パートナー 東條 貴志
スタートアップでの新規事業立ち上げや事業責任者などの経験と、アーサーアンダーセン、ローランド・ベルガーなど複数ファームでの10数年のキャリアに基づく先端領域における大手企業の新規事業・イノベーション創出支援やAI/機械学習を活用した事業創出/業務改革に多数の経験を有す。
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