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  • 執筆者の写真中島和哉/Kazuya Nakajima

【事例】欧州メディア業界マッチングプログラムに見出すオープンイノベーションの新機軸


 近年、日本国内でも多数の企業がオープンイノベーションやその手段としてのアクセラレータープログラムを実施するようになってきていますが、業界に特化して複数企業が出資し合うコンソーシアム型のアクセラレータープログラムはまだ多く見られません。

 

 複数企業を束ねてオープンイノベーションプログラムを運営するノウハウを持つ企業が存在しないことや、競合他社との連携に対する拒否反応を持つ企業が多いことなどが理由と考えられますが、海外に目を転じると、業界全体が結集して複数企業で1つのアクセラレータープログラムを運営し、集まってきたスタートアップの先端技術やアイデアに、アクセラレータープログラムのスポンサー企業などをマッチングさせる動きが進んでいます。


 こうした取り組みを積極的に行っている事例として、ドイツの主要通信社「ドイツ通信社(Deutsche Press-Agentur GmbH、DPA」が軸となって2015年に呼びかけられ、今では出版社とや広告会社を中心に34社(2021年4月現在)が出資し合ってスタートアップを育てるメディア業界コンソーシアム型アクセラレーター「Next Media Accelerator」があります。


 Next Media Acceleratorが運営するアクセラレータープログラムでは、デジタルテクノロジーでメディア業界の従来の顧客へのアプローチ(ジャーナリズム、コンテンツ、広告)を変革させるスタートアップを育成、投資することを目的としていますが、出資する各社とのマッチングや実証実験を積極的に行うことが特徴です。

 横並び意識が強く秘匿性の強い日本のメディア文化から考えると極めて大胆なコンソーシアムですが、なぜこのコンソーシアム型のアクセラレータープログラムを実現できたのでしょうか?このアクセラレータープログラムの価値を紐解いていきます。


  1. マッチングプログラムを通じた出資各社のオープンイノベーション促進

  2. グロースモデルと組織変革を引き起こすオープンイノベーションとマッチング強化

  3. 30社超の出資企業とのマッチング実績が生むイノベーションエコシステム

  4. 業界コンソーシアムと企業アクセラレーターとの使い分けがイノベーションのカギ

 以降、順番に見ていきます。



マッチングプログラムを通じた出資各社のオープンイノベーション促進


 Next Media Acceleratorは2015年から年2回のプログラム参加スタートアップの募集と、6か月間のアイデアブラッシュアップのプログラム期間が設けられ、1期当たり10社程度のスタートアップ採択で既に12回のプログラムが実施されています。メディアコンテンツ、広告制作、マーケティングソリューションなどの領域で事業展開するスタートアップを対象としたアクセラレータープログラムで、主に初期段階(シード~アーリーステージ)のスタートアップが対象です。

 ドイツの通信・出版社を中心としたヨーロッパ各地のメディア関連企業34社から出資を受ける社会性の強いスタートアップアクセラレーターで、常駐メンバーが100人前後のメンターへのアクセスやフィールドワークショップ、加盟出版社や通信社/代理店に対してのマッチングも調整しています。各アクセラレータープログラムの最後の成果報告会「デモデイ」による資金調達機会の提供や、プログラム中に見出したマッチング候補企業との本格的な協業検討の具体化、さらにはプログラム期間を終えたチームによるアルムナイネットワークと言ったアフターサポートも整えています。


 さらに、彼らが「Easy Testing」というコンセプトで実施するスタートアップのプロトタイプを数十の加盟企業と実証実験を行う支援も実施され、様々な視点から市場での事業展開/サービス提供などが実現できるか検討する機会も提供されます。


 まさにメディア関連スタートアップの事業拡大の初期段階を支える有益なプログラムであると同時に、オープンイノベーションの取り組み強化を目指す出資企業各社にとっても大きな負担なく技術トレンドやスタートアップとの協業機会をもたらすウィンウィンな関係を形作っています。    ただし、このアクセラレータープログラムに採択されているからといって、ドイツ通信社や他のNext Media Acceleratorに出資する各社による「報道」「ジャーナリズム」の機能に直接アクセスして、メディア掲載についての優遇措置を受けることはできません。そこは明確に公式サイト内にも明記されており、各社の基準や公平公正な報道のルールに則っていることで、ジャーナリズムに関する「一線」は守られていると言えます(PRスキルの向上や、コミュニケーションに関する一般的なメディアメンターは存在します)。



グロースモデルと組織変革を引き起こすオープンイノベーションとマッチング強化


 デジタルテクノロジーへの対応は、2000年代終盤からこの10年来の新聞/出版/広告/コンテンツ管理と言ったメディア関連企業にとっては最大の事業課題でもあります。

 

 コンテンツ切り分けから顧客へのサブスクリプション(定額課金)モデル提供の探求、コンテンツ管理など、(各社で温度差はあれども)メディア関連企業各社で基本的な課題感は共通しているため、コンソーシアム型アクセラレータープログラムのようなプログラムに出資している競合他社と同じスタートアップに対して、自社の情報/リソースを開示しながら協業を検討していく仕組みに参画することは、競合他社に対しても自社の機密情報などが漏洩してしまう事業戦略上のリスクともとらえられかねない恐れもあります。


 業界特化のコンソーシアム型アクセラレータープログラムにそのようなリスクがある中で、Next Media Acceleratorを軸にメディア業界においてコンソーシアム型アクセラレータープログラムで同業複数企業の出資/参加によるオープンイノベーション仕組みが実現できているのはなぜなのでしょうか?


アクセラレーターへの出資参画が変革を後押しする

 そもそも、Next Media Acceleratorはドイツの主要通信社「ドイツ通信社(Deutsche Press-Agentur GmbH、DPA」が仕掛け人となって2015年に開始したプロジェクトです。 Global Alliance for Media Innovationのインタビュー付き記事によると、2013年当時、ドイツ通信社のデジタルオペレーションを担当していたマネージングディレクター、マイノルフ・エラーズ氏(Meinolf Ellers、現・Next Media Accelerator CMO〈最高マーケティング責任者〉)が、米サンフランシスコに拠点を構えてメディア関連起業家を支援する「matter.vc」(スタートアップアクセラレーター、シード向けベンチャーキャピタル)のアクセラレーターを視察した際に、

“When we visited Silicon Valley in 2013 and we came across this initiative we wondered why nothing like this existed in Europe.” (「2013年にシリコンバレーを訪れてこのような(メディア関連企業を支援する)アクセラレーターに出会った時、なぜヨーロッパにはこのようなものが存在しないのか疑問に思った」)

と語っています。

 その後、2015年よりドイツの主要出版社「アクセル・シュプリンガー」などドイツのメディア関連企業10社が2年間分の運営資金を出し合い、ドイツ通信社側はメディアやマーケティングソリューションを提供するスタートアップ20社を採択することを約束して、Next Media Acceleratorが立ち上がりました。


 なお、最初の2年間の運営期間後、当初の参加企業のうち、数社は継続して投資/参加の意思決定をしていますが、参画を継続した理由について、ドイツ通信社のマイノルフ・エラーズ氏は同記事の中で、

 ”Not because it’s an investment that means a lot of profit for them in the long run, but because it’s a strong tool for their transformation strategy. It’s like an outsourced R&D unit.”  (「(Next Media Acceleratorに継続して参画するのは)長期的に投資として多くの利益がもたらされるからではなく、変革を進める戦略を実現するための強力なツールになると考えたからです。研究開発部門をアウトソースするようなものですね」)

 とも語っており、コンソーシアム型アクセラレーターへの参画を通じたオープンイノベーションの取り組みが、戦略的DX(デジタルトランスフォーメーション)につながると考えていたことがわかります。



30社超の出資企業とのマッチング実績が生むイノベーションエコシステム


 Next Media Acceleratorの特徴は、現在34社にも上る出資企業によって活動資金が支えられていることに加え、17社のネットワークパートナー(グローバルでスタートアップアクセラレーターを運営するGAN、様々なメディアコミュニティなど)、14社のコンテンツ系パートナー(アマゾンウェブサービスなど)と多数の外部パートナーに支えられてメンタリングや実証実験の実施が支援されていることです。


 組織構成としても、ドイツ通信社のマイノルフ・エラーズ氏を除き、出資する企業各社の幹部がNext Media Acceleratorに出向していたりしているわけではなく、出資企業外の外部人材の登用によって運営されているため、資本を投じているメディア関連企業も直接的に採択スタートアップの選考や運営に関与できるわけではありません。


 しかしながら、前述したとおり、Next Media Acceleratorでは、多くのプログラム参画企業は企業変革の推進や、研究開発を加速する場として関わっています。さらに、Next Media Acceleratorの運営メンバーが「Easy Testing」というコンセプトの下で、採択スタートアップと出資企業や他パートナーとのマッチング(またはその有料顧客)を積極的に支援し、しばしば困難に陥る大手企業側の経営層からの取り組みに対する承認獲得や理解促進も含めて、出資企業/パートナー企業とスタートアップ双方が信頼を築きながら実証実験や試作品(パイロットプロダクト)づくりを進められるよう様々な支援をしています。

業界変革につながるビジネスマッチングに貢献

 Next Media Acceleratorにはヨーロッパの企業だけでなく、アメリカやイスラエルなどの企業も参加していますが、設立の目的が、VCファンドのようなファイナンシャルリターンを追求するスタートアップ投資ではなく、メディア業界の個別各社の利益追求を超えた、業界変革につながるビジネスモデルの創出と技術革新の支援を重視することであることも、それら業界の垣根のない取り組みにつながっている可能性があります。


 さらに、Next Media Acceleratorのオープンイノベーションマッチングの仕組みやノウハウで、新市場創出につながる多様な領域(小売、美容、食品、EC、VR/AR/XR、SaaS、フィンテックなど)でのスケーラブルな製品/サービスを提供するスタートアップを支援する6か月間のプログラム「Next Commerce Accelerator」や物流業界における「Next Logistics Accelerator」という2つの姉妹プロジェクトのサポートにも貢献しています。

 残念ながら、新型コロナウイルス感染症拡大の影響もあり、2018年に始まったNext Logistics Acceleratorは2020年に終了が発表されましたが、2017年に開始されたNext Commerce Acceleratorは現在までに41のスタートアップと20社以上の企業パートナーを抱えて精力的な支援活動を実施しており、コンソーシアム型によるオープンイノベーションエコシステムが実績と共に拡大していると言えます。



 ※複数社でプログラムを運営するコンソーシアム型プログラム自体のメリットやデメリットなどについては、以前にもまとめた記事がありますのでご参照ください。




業界コンソーシアムと企業アクセラレーターとの使い分けがイノベーションのカギ


 上記までに見てきたNext Media Acceleratorは、メディア関連スタートアップの成長を支援するのみならず、出資企業やパートナーなどへのスタートアップの積極的なマッチングによって既存組織のイノベーションやDX戦略を加速させる意味合いを持っています。

 国内メディアのオープンイノベーションを見渡すと、新聞社では朝日メディアラボベンチャーズの「朝日メディアアクセラレーター」などがスタートアップ支援と出資を実行。出版社では小学館、印刷会社では大日本印刷がアクセラレーターを運営するなど、オープンイノベーションの取り組み自体は加速/継続している傾向にあります。


 ただし、企業アクセラレーターであることも踏まえ、多くは伝統的に培ってきた社内事業リソースとのマッチングや社会課題に対応する新規事業創出の観点や、メディア企業としての発信力の強みを生かした視点でのアプローチが主となります。必ずしも、Next Media Acceleratorのようにメディア業界そのものの革新を掲げる目立った取り組みをしているアクセラレータープログラムはあまり見られません。


 メディアに限らず、業界が垣根なく業界の未来を考え、グロースするビジネスモデルの創出と技術革新をスタートアップとの連携に求めるNext Media Acceleratorの取り組みは、1社のビジネスモデルの課題の視点になりがちな企業アクセラレーターとは切り離した新機軸として、新たな示唆を与えてくれそうです。



 ※ベルテクス・パートナーズ イノベーションソリューションメンバーによる本ブログでは、今後のオープンイノベーションプログラムの強化を検討される皆様のお役に立てるよう、蓄積した事例/考察/またはデザインシンキングなど様々なオープンイノベーションに関する取り組みを公開していく考えです。類似の活動やアクセラレーション運営についてご検討されている方は、是非紹介資料のダウンロードもご検討ください。

 

中島和哉(Kazuya Nakajima)

株式会社ベルテクス・パートナーズ イノベーションソリューション事業部


 毎日新聞社での政治部、経済部の記者として10年超の経験を経て、社内公募ベンチャー制度の創設/推進に従事。その他シードアクセラレータープログラム運営と投資経験をベースに、イノベーションプログラムの設計・運営のプロフェッショナルとしてイノベーション創出支援を推進。





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