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  • 執筆者の写真東條貴志/Takashi Tojo

ソニーの新規事業創出プログラムに学ぶイノベーションの考え方(1)


新たな収益の柱を生むイノベーション創出の仕組み作りはまだ黎明期

 これまでも製造業を中心に社内の研究開発部門などでの技術開発の積み重ねにより、イノベーションを起こすべく様々な取り組みが進められてきた。

 仕組み化という観点での取り組みではステージゲート法など様々な手法を駆使してシーズ段階から製品化までつなげていく取り組みが連綿と続けられてきている。

 しかし、それらの取り組みから生まれるのは既存製品/サービスの改良を志向した「イノベーションのジレンマ」(参照)を著したクレイトン・クリステンセン氏の述べるところの持続的イノベーションに留まるものが大半で、既存の市場のルールを覆す、または新たな市場を生み出し、新たな収益の柱を生み出すような破壊的イノベーションとなるような製品/サービスが出てくることは少ない。

 かつての日本企業はソニーのウォークマンなどのような圧倒的にイノベーティブな製品/サービスを生み出し市場を席巻することもあったが、今ではそのような製品/サービスを生み出すことができる企業を思い浮かべることは難しくなっている。

ソニーの新規事業創出の仕組み化への挑戦

 ソニーでは既存領域外での新規事業創出を目指して2014年4月より「Seed Acceleration Program(SAP)」というプログラムを実施している。(参照

 SAPは従来の既存領域外での新規事業創出はアイデアを持つ人材が社内で提案を行い、既存事業部門の中から新たな事業を生み出すことが難しいという現実の中で仕組みとして新規事業のアイデアを社内から集め、有望なアイデアの製品化/事業化を進めていこうという取り組みである。

 2016年9月までにSAPでは3ヶ月に1回のビジネスアイデアの社内オーディションが7回実施され、約550件の提案がされた。その中から、フェイスのデザインが電子ペーパーで自由に変更できる「FES Watch」、気分に合わせて香りを変えられるアロマディフューザーの「AROMASTIC」、電子ペーパーで複数の家電リモコンをカスタマイズしてまとめられる「HUIS REMOTE CONTROLLER」など特徴的な商品が事業化されてきた。

 ソニーのSAPも、まだまだ進化の途上にある取り組みではあると思われるが、国内の大手企業二おけるイノベーション創出の仕組み化では具体的な成果が見え始めた先行事例と言えるだろう。

 新たなイノベーション創出の仕組み化を検討する担当者にとって、取り組みをそのまま自社で実践することは難しいとは思われるが、参考になる部分も多々あるかと思われるので、仕組みを分解して理解することを試みてみたい。

 

SAPの仕組み化された新規事業創出プログラム

 新規事業創出は仕組みを用意すればアイデアが集まり、事業が立ち上がるというものではなく、アイデア提案者の熱意、事業部門のサポート、経営陣の本気で進めようとする意欲、そして、プログラム運営担当者の泥臭い対応も厭わない社内外の関係者の巻き込み力/調整力など組織風土やヒューマンファクターが大きな要素となる。

 しかし、本稿では現在運用されている仕組みに着目して、イノベーション創出の仕組み化を進める上でのヒントを探るべくSAPの全体像の理解を試みたい。

SAPの全体像とプログラムを構成する4つの要素

 社内の技術/アイデアからの事業化を目指すアクセラレーションプログラムとしては、SAPは必要とされる構成要素はほぼ全て揃った仕組みになっていると言えるだろう。

「Seed Acceleration Program」の

構成要素全体像【概観】

SAPの全体像を見ていくとイノベーション創出プログラムで設計/準備することが必要となる主な要素は下記の4つになる。

  1. 社長直轄組織としてのプログラム運用

  2. 事業化までの明確なハードル設定がされたプログラム設計

  3. 柔軟な社内エキスパートを活用した事業アイデア具体化のサポート  

  4. 事業化検証/事業化推進の仕組み化

1.社長直轄組織としてのプログラム運用

 SAPの運営はプログラムの立ち上げに合わせて発足した新規事業創出部が担っている。事業部門を横断するようなアイデアや既存の事業部門の枠組みに収まらないアイデアの事業化を推進する形になるため、社長直轄の組織として位置付けられている。

 社長直轄組織となることで、ソニーの事業部の中でやったことのない取り組みやミッションから外れる取り組みでも提案することが可能になり、ソニー社内に散らばる様々な専門家の支援を受けて事業化検証〜事業化まで進めていくことが可能になっている。

2.事業化までの明確なハードル設定がされたプログラム設計

 SAPの事業アイデアの募集は、社内外の様々な分野の専門家による事業アイデアの審査を行う「SAPオーディション」を通じて行われる。3ヶ月に1度開催されており、部門、役職、年齢を問わずソニーグループの社員であれば誰でも参加することができる。

 ここでの最終審査を突破したアイデアを出したメンバーは事業室を作り、そのアイデアの事業化に向けて専任で3ヶ月間の事業化検証を行い、収益化が可能と見込まれると判断された事業アイデアに対して必要な人材やリソースが提供され、本格的な事業化を進めていく仕組みとなっている。

3.柔軟な社内エキスパートを活用した事業アイデア具体化のサポート

 事業化検討に入ったアイデアについて、必要に応じて事業部門のエンジニアなどのエキスパートや調達、品質管理、生産管理など試作/量産に向けたサポートや法務、知財などの専門家の支援が適宜受けられる体制を整えている。

 各専門領域に応じて新規事業専任とするものと、既存部門に籍を置いたまま必要に応じて支援を実施するものを切り分け、最適なタイミングで最適な専門家を柔軟にアサインして必要な支援ができる体制を整えている。

 このような柔軟に専門家を適宜アサインできる体制とすることで、事業化検討初期の収益が出ていない段階で過剰なコストをかけることなく身軽な事業展開ができる仕組み化を実現している。

4.事業化検証/事業化推進の仕組み化

 事業アイデアの事業化検証は確固たる手法がなく、リーンスタートアップで実地検証しようとしてもオンラインで完結できる製品/サービス以外は検証も容易ではなく担当個々人の手腕による部分も多く、イノベーション創出プログラムを実施する企業にとって頭を悩ませるところではある。

 SAPでは、「First Flight」というソニーの運営するクラウドファンディング&ECサイトを2015年に立ち上げ、そこで実際に製品コンセンプトに対して支援を集めるという形で事業化検証を行うモデルを確立している。

 さらに社内外のエキスパートとの共創を生み出す仕組みとして、ソニー本社内に「Sony-Creative Lounge」を開設して、3Dプリンタや工作機械を設置してアイデアをその場で試作できる空間を提供するなどの取り組みも進めている。

 

まとめ

 2016年12月よりスウェーデンのルンドでの拠点設置してSAPの欧州展開を始めるなど取り組みの拡大を進めており、グローバルで新規事業を生み出す仕組みが整い始めている。

 しかし、他の企業がソニーの取り組み/体制を参考に同様の仕組み作りを目指そうと思っても、ソニーが持つほどの技術/人材リソースの確保や外部と共創する体制を作ることは難しく、同じ成果を実現することは現実的には困難であろう。

 しかし、ソニーと全く同様の仕組みは作れないまでも、「SAP」の構成要素を参考にすることで自社にイノベーション創出の仕組みを取り入れるための具体的なオプションについて次回記事にて検討してみたいと思う。

 

執筆者

株式会社ベルテクス・パートナーズ

執行役員パートナー 東條 貴志

スタートアップでの新規事業立ち上げや事業責任者などの経験と、アーサーアンダーセン、ローランド・ベルガーなど複数ファームでの10数年のキャリアに基づく先端領域における大手企業の新規事業・イノベーション創出支援やAI/機械学習を活用した事業創出/業務改革に多数の経験を有す

 
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