保守的な業界で新規事業創出に取り組む英百貨店John Lewisの事例

既存事業強化と新規事業創出を両立させるアクセラレータプログラム
アクセラレータプログラムを主催する企業の目的を大きく分類すると二つに分けられる。
自社でこれまで手掛けていない新たな収益の柱となり得る新規事業の創出と、既存事業領域での新サービス強化に分類することができる。
この新規事業創出と既存事業領域でのサービス強化を、一つのアクセラレータプログラム内で両立させることは可能だろうか。英国の老舗百貨店John Lewisの事例で見ていこう。
1.英国老舗百貨店John Lewisの新規事業・既存事業強化の取り組み
John Lewis(ジョン・ルイス)は1864年創業の英国の老舗百貨店ブランドだ。英国内に48店舗を構え、自社のオンラインショップでも28万点以上の商品を取り扱っている。
英国は世界有数の百貨店大国で、特にロンドンではハロッズ、セルフリッジズ、リバティなどの有名百貨店がしのぎを削っている。
このような百貨店の激戦区となる国で生き残っていくためには、最先端のテクノロジーも活用しながら、常に最新の顧客ニーズを捉え、他社との差別化を図ることが必要だ。
そのための方策としてJohn Lewisが行っているのが、アクセラレータプログラムによる新規事業創出の取り組みだ。
2014年から、テック系アクセラレータであるL Marksと共同でアクセラレータプログラムJLABを開催し、これまでに3バッチを終了している。
JLABは12週間のプログラムで、選定されたスタートアップはメンタリングやオフィス環境提供の他、John Lewisの顧客ベースを利用した事業性検証を行うことができる。
JLABではスタートアップの募集にあたり、毎年4~5つのテーマを提示している。
その内訳を見ると、初年度から一貫して、小売業というJohn Lewisの既存事業のサービス強化を図るためのテーマと、百貨店経営からは飛び地に思える新規事業創出に関するテーマの両方を掲げている。それぞれの内容について詳しく見ていこう。
2.既存事業のサービス強化として顧客のショッピング体験向上を目指す
2016年に”Effortless Shopping”、2015年に”Effortless Payments”, ”Meshing the Digital and Physical”といったテーマを設定し、顧客が店舗やオンラインショップ、モバイルアプリなどで、よりスムーズにショッピングを楽しむためのテクノロジーを求めている。
2016年度の最終ピッチ優勝スタートアップDigitalBridgeは、自宅の部屋をバーチャルで自社インテリア商品を置いて模様変えできるサービスを提供する。家具などのインテリア商品を自宅に置いた状態を可視化できるため、スムーズな購買につながると想定される。
同じく2016年度のファイナリストであるLink Bigは、インスタグラムの投稿画像から数クリックで商品購入を完結できるオンラインショッピングを実現するサービスを提供している。
3.新規事業創出としてスマートライフやキッズテックをテーマに設定
小売と直接関連しない新規事業としては、2016年の”Tech for Kids”や2015年の”Connected Home”といった具体性のあるテーマから、“Health & Well-Being”, ”Simplify My Life”などのライフスタイル作りといったテーマまで幅広く掲げられている。
2016年のファイナリストであるROBOTICALは、子ども達がコーディングや3Dプリントなどを学ぶことのできる歩行ロボットを開発している。
2015年は”Connected Home”に該当するスタートアップが複数選定されている。
4.アクセラレータ活用で飛び地領域での新規事業創出に伴うリスクを抑制
いかにJohn Lewisは既存事業領域のサービス強化に加えて、知見のない飛び地領域で新規事業創出を行うスタートアップ選定をしてきたのか。
その鍵は、アクセラレータプログラム「JLAB」を共同開催するアクセラレータL Marksにあると推測される。
L Marksは、シリアルアントレプレナーとして25年以上の実績をもつStuart Marksによって2012年に設立された。
L Marksには様々な経歴を持つ多様なテック人材が参画しており、設立から5年足らずでIAGやBMW、EDF Energyといった名だたる大手企業と協業し、多様な業界でのスタートアップ支援の知見を蓄えている。
John LewisとL Marksは、JLABにおけるそれぞれの役割分担を明言してはいないが、John Lewisが知見を持たない小売ビジネスと離れた新規事業創出については、L Marksが主体となってスタートアップの目利きを行っているのではないかと想定される。
これにより、一見すると小売ビジネスと関連性が見出しにくいリスクの高い飛び地領域であっても、L Marksの目利き力を活用することで新規事業創出の挑戦を行うことができていると考えられる。
小売業界に限らないが、新しい取り組みに対して保守的な業界において、既存事業と関連する領域以外での新規事業創出は、事業の企画と見極めを行い、実際に立ち上げるということはもちろんのことだが、取り組みを行うこと自体に対して社内の理解を得ることも難しい。
既存事業に関連する領域以外にも、新たな収益の柱となる新規事業創出にトライするために、幅広くテクノロジーやビジネスモデルに知見のある外部のアクセラレータ/プログラム運営パートナーによる外部の力を活用することで新規事業創出に取り組むということは、保守的な業界の企業にとっては有力な選択肢となるのではないだろうか。
執筆者
株式会社ベルテクス・パートナーズ
INNOVATION SOLUTIONチーム
大手通信会社、総合商社、大手メディア企業、クラウドベンダーなど多様な業種での新規事業創出推進支援を実施。各メンバーの支援実績や知見の活用と外部パートナーとも連携しながら業種を問わず大手企業における新規事業/イノベーション創出に関連するソリューションを提供。
Comentários