• 中島和哉/Kazuya Nakajima

【事例】美容プラットフォーム変貌へオープンイノベーションを加速するロレアル


 変化の速いデジタル環境に対応するため、目的に応じてインキュベーション施設やアクセラレーターとイノベーションプログラム運営で連携し、効率的にオープンイノベーションを実現しているのが、フランスの化粧品大手「ロレアル」です。


 スタートアップとロレアルのブランドでコラボして課題解決のテストを行うプログラムと、美容領域のイノベーションや新たな消費者ニーズの発掘に実証実験で取り組むプログラムを分けて実施し、それぞれのオープンイノベーションプログラムの目的に合致したパートナーを選ぶことで効果的なオープンイノベーションの実現を目指すモデルをグローバルで展開しています。

 全社を挙げて幅広い領域の美容スタートアップにロレアルの持つ多様な事業リソースへアクセスさせる動きは、まさにロレアル自身を急速に美容領域でのオープンイノベーションを実現するプラットフォームへと変貌を遂げつつあると言えます。


 日本企業のオープンイノベーション担当者の多くは、協業先スタートアップを発掘し、さらに協業を実現した上で、目指す成果を実現するまでの取り組みの不確実性の高さに大きな悩みと課題感を抱えていますが、ロレアルの複数のオープンイノベーションプログラムを組み合わせて目指す成果実現の可能性を高める取り組みは、オープンイノベーションプログラムでの成果実現に悩む日本企業にとっても大きな示唆を含んでいると言えそうです。


  1. 目的ごとのリソース連携がオープンイノベーションプラットフォーム化へのカギ

  2. 課題解決集中のオープンイノベーションで、デジタルプラットフォーム化を加速

  3. グローバル全体で根付くオープンイノベーションの仕組み化

  4. まとめ:プログラムミックスによるオープンイノベーションの重要性

 以降、順番に見ていきます。



目的ごとのリソース連携がオープンイノベーションプラットフォーム化へのカギ

 

 2021年現在、ロレアルは①アクセラレータープログラム、②コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)、③企業買収や提携を軸に製品開発を進めるM&Aユニットという3つのオープンイノベーション活動を常時展開し、イノベーションの種を社内外で模索しています。


 中でも、オープンイノベーションの軸となるアクセラレータープログラムは、2016年からのファウンダーズ・ファクトリー(Founders Factory、本社・ロンドン)との連携、2018年からのスタシオン・エフ(Station F、拠点・パリ)内で実現する「Global Beauty Accelerator」があります。


 いずれも常時、オープンイノベーションを行う協業スタートアップ募集していますが、ファウンダーズ・ファクトリーとのアクセラレータープログラムはロレアルの持つブランドとコラボして新たな製品を市場に投入することを目的としたもの、スタシオン・エフとのオープンイノベーションプログラムでは美容領域のデジタル化を進めるスタートアップの実証実験を支援する目的として、オープンイノベーションの取り組みの使い分けがされています。


ブランドコラボの実益を求めるファウンダーズ・ファクトリーとの連携

 

 独立系アクセラレーターであるファウンダーズ・ファクトリー社は、世界的企業11社と連携したテーマ設定で、6か月間でアイデア段階から製品まで素早く構築して市場に出す「スタートアップスタジオ」を運営しています。


 ロレアルはファウンダーズ・ファクトリーとのオープンイノベーションの取り組みの中で「美(Beauty)」をテーマに協働し、EコマースやAR/VRなどで美容領域の革新を目指すスタートアップが陥りがちな知的財産や物流、マーケティングのハードルを共に乗り越える取り組みを行っています。


 ファウンダーズ・ファクトリーとの連携により、スタートアップ支援などのオープンイノベーションプログラム運営ノウハウの入手はもちろん、100人を超えるスタートアップ支援の専門家ネットワークを「自社ブランドの課題解決」実現に貢献しうるスタートアップとの協業アイデア検討や、PoC/実証実験の取り組みに直接に活用できることにあります。


 ファウンダーズ・ファクトリーとのオープンイノベーションプログラムでは、「D2Cブランドの強化」「真の品質コスト」といった協業テーマが設定されていますが、第三者のファウンダーズ・ファクトリーの事業開発チームがオープンイノベーションの取り組みを支援することで、ロレアルにとっても、自前主義だけでは実行困難なオープンイノベーションの成果が実現できるようになっています。スタートアップの募集はシード~アーリーステージまで常時応募受付を行っており、プログラムとして5チーム程度を選び、オープンイノベーションを推進しています。


 また、ロレアルは自社で「L’OREAL BOLD Ventures」というCVCを有し、長期的視点でAランド成長に貢献する協業パートナーを開拓していますが、ファウンダーズ・ファクトリーとのオープンイノベーションプログラムではスタートアップへの投資はファウンダーズ・ファクトリーが担い、投資戦略上の棲み分けを行っています。



デジタル化を軸に幅広い技術シーズを求めるスタシオン・エフとの連携

 

 美容領域のオープンイノベーションプラットフォーム化を進めるもう一方の重要な連携は、ロレアルが世界最大級のスタートアップキャンパスであるスタシオン・エフというインキュベーション施設に投資し、その一部となることで実現しています。


 スタシオン・エフは約1,000社のスタートアップが入居し、約4,500人以上が利用する巨大インキュベーション施設ですが、日本にも多く存在するコワーキングスペースとは異なり、実際にサービスやプロダクト/プロトタイプ(試作品)を持つスタートアップのグロースを後押しするための様々な支援機能を提供しています。常時30以上のスタートアップ向けのオープンイノベーションプログラムが動き、ロレアルのアクセラレーターもこの拠点とネットワークを軸に美容スタートアップとの協業を目指した取り組みを行っています。


 次世代の美容スタートアップと技術の発掘を目的とするため、テーマ設定もより抽象度が高く、テクノロジーにフォーカスしたものとなっています。協業対象とするスタートアップも①ユニークな製品を持ったインディー美容ブランド、②AR/VR/AIなどのテック系スタートアップ、③IoTデバイスや診断ツールなど美容分野のデジタルサービス提供企業で、ステージはシード~アーリーのスタートアップとなっています。


 プログラムでは、一度に最大20社のスタートアップと協業検討を行うなど幅広い領域でのオープンイノベーションの取り組みを進めています 。

 ロレアルにとっては、有望スタートアップが集積していることから、協業するスタートアップのソーシングとインキュベーションを効率よく行えるというメリットがあります。スタートアップにとってもロレアルとの密な連携で、ロレアルの多様なリソースにアクセスしながら協業アイデアの検討やPoC(概念検証)/実証実験ができ、ロレアルとの協業実現による成長や資金調達といったメリットが得やすいオープンイノベーションプログラムになっていると言えるでしょう。



課題解決集中のオープンイノベーションで、デジタルプラットフォーム化を加速

 

 化粧品業界のグローバルリーダーであるロレアルにとって、顧客ニーズの把握とR&Dはそもそも企業としての生命線でもあります。2020年も売上高の3.4%をR&Dとイノベーションに投資しています。世界21ヶ所のリサーチ&イノベーションセンターを展開しており、「有効成分」、「処方」、「製品評価」についての研究開発を、基礎研究、応用研究、製品開発の3部門で実施、グローバルでの美容領域におけるイノベーション創出を推進しています。


 その中でファウンダーズ・ファクトリーやスタシオン・エフなどとのオープンイノベーションプログラムの実施に乗り出した理由は、オンライン市場の急伸と、パーソナライゼーションなど業界を超えたデジタル化の進展にあります。


 BtoC(消費者向け)の電子商取引(Eコマース)市場規模は、世界全体では19年に3.53兆ドル(約400兆円)に拡大していることに加え、H&Mのようなグローバルファストファッション企業の参入や、AIによる画像認識などの先端テクノロジーを活用したサービスを展開するスタートアップの躍進などデジタルを中心とする事業環境の変化は激しく、ロレアルをスタートアップの発掘と投資に向かわせる大きな要因となっています。


 その環境変化への取り組みでロレアルの特徴的なアプローチとしては、デジタルを中心としたオープンイノベーションの取り組み加速に向けて、アクセラレーターとインキュベーション施設の使い分けを行うに当たり、取り組み全体をリードするCDO職(Chief Digital Officer)を設置し、CDOを中心に組織と人材を戦略的に配置して取り組みを効果的に推進しています。

 マイクロソフトやデジタルエージェンシーのValtech社などを経て2014年にCDOに就任しているルボミラ・ロシェ(Lubomira Rochet)氏によるトップダウンで迅速にイノベーション組織を構築し、アクセラレーション担当にAI戦略やデータ分析の経験者を配置するなど、イノベーション領域でのデジタル化を前面に打ち出しています。


 現在、自社を『デジタルファースト企業』と銘打つロレアルですが、2500人以上のデジタル専門家を抱えるなど、量・質ともに美容業界におけるデジタルプラットフォームとしての機能を強めていると言えます。


 これらの取り組みの貢献もあり、2020年のアニュアルレポートによると、連結売上高(279億ユーロ)に占めるEコマースの比率は26.6%(74億ユーロ)に上り、コロナ禍においても前年比62%増と飛躍的な対応力を見せています。



グローバル全体で根付くオープンイノベーションの仕組み化

 

 これまでファウンダーズ・ファクトリーとの連携では15のスタートアップを採択、うち6社とコラボレーションが進んでおり、スタシオン・エフでは32社への事業支援が行われています。まだ具体的な製品化事例は表に出ていませんが、公式HPには高度な画像解析と消費者ニーズの分析技術を持つ「RIVITER」がビジネスパートナーとして紹介され、ロレアル傘下の複数のブランドサービスと連携を始めています。


 他方、先んじて世界6拠点に設置され、2012年より大学・スタートアップ・美容専門家ら外部パートナーと連携する社内M&Aユニットテクノロジーインキュベーター(Technology Incubator)によるIoT開発製品の市場投入例も出始めています。


 直近では、世界最大のテクノロジー見本市「CES 2021」において、水の粒を極小化する技術を用い、繊細なヘアケアを実現しながら洗髪時の水量を80%抑制するウォーターセーバーが発表され、美容関係者の話題をさらいました。開発は、R&I(リサーチ&イノベーション)部門がスイスの環境イノベーション企業「Gjosa」とパートナーシップを結んで技術活用することで実現にこぎつけており、サステナビリティを前進させる取り組みとして注目されています。



まとめ:プログラムミックスによるオープンイノベーションの重要性

 

 ロレアルのケースからは、CDOという全社のイノベーション戦略をリードする司令塔を置いて、様々なオープンイノベーションの取り組みを行い、目指す成果に合わせてアクセラレーターやインキュベーション施設などの連携パートナーやCVCによる投資活動を使い分ける効率的なオープンイノベーションプログラムミックスの展開により、様々なスタートアップとのコラボレーションが実現され、多くの具体的な取り組みで成果が生み出されています。

 今後さらに、美容領域におけるデジタルプラットフォームとして進化し、多くのリソースを吸収する流れが予想されます。


 昨今は、多くの日本企業でもオープンイノベーションの取り組みを積極的に進めているものの、各事業部門で他部門と連携することなく個別バラバラに取り組んでいたり、オープンイノベーションプログラムも単発/単年度での実施だったりで、目指す成果に合わせた複数のオープンイノベーションのプログラムミックスまで実現できている企業は多くないのが現状かと思われます。


 コロナ禍も相まって、業界を問わずグローバルで市場環境が激変していく中で、多様な事業課題/経営課題の解決に部門単独、単発のオープンイノベーションプログラムで目指す成果を実現していくことは今後困難となっていくと思われます。

 オープンイノベーションによる成果の実現にあたっては、ロレアルの取り組み事例からも見られるように、各部門単独や単発のオープンイノベーションの取り組みではなく、複数のオープンイノベーションプログラムをミックスした取り組みも検討していくことの重要性が増していると言えるでしょう。

※プログラムミックスに関してはコチラの記事でも考察しておりますので、ご覧ください。

 【海外事例】コロナ前後のオープンイノベーションプログラムのグローバルトレンド考察



 ベルテクス・パートナーズ イノベーションソリューションメンバーによる本ブログでは、今後のオープンイノベーションプログラムの強化を検討される皆様のお役に立てるよう、蓄積した事例/考察/またはデザインシンキングなど様々なオープンイノベーションに関する取り組みを公開していく考えです。類似の活動やアクセラレーション運営についてご検討されている方は、是非紹介資料のダウンロードもご検討ください。


中島和哉

ベルテクス・パートナーズ イノベーションソリューション事業部

 

 毎日新聞社での政治部、経済部の記者として10年超の経験を経て、社内公募ベンチャー制度の創設/推進に従事。その他シードアクセラレータープログラム運営と投資経験をベースに、イノベーションプログラムの設計・運営のプロフェッショナルとしてイノベーション創出支援を推進。

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